武蔵野を中心に東京探訪日記 since 2006

武蔵小金井ー吉祥寺や旅先を探訪する日記です。

KENJI KOBAYASHI EXHIBITION O4【somnium】@ IPSYLON

去年、12/15(Fri)に、ギャラリーIPSYLONで行なわれた小林健二さんの個展に行ってきました。
何回も書き直して、熱で混乱しているいま、日記にあげてしまうのもどうかと思うんですけど、もうあげてしまいますw

ヒミコに乗船→IPSYLON(←ここです☆)→二次会・三次会→アトリエアオ→鉱石展→ロード・オブ・ザ・リング SEE版のイッキミ→IKEA             

http://www.ipsylon.jp/2006kenjiex.html
http://www.kenji-kobayashi.com/


ここのサイト、パートナーのほしとそらさんが作られています。
しかも、ほとんど、独学らしいです。すごいです^^

O4は、以前、人の記憶だったものが、空にあがり、結晶化して、大気圏で青い層をなし、流星などによって、また剥がれ落ちて、そのかけらが地上に落ちて来て、人のこころを通過するとき、そこに記憶がよみがえり感情を呼び起こし、また物語がうまれる。
【somnium】は、ラテン語で【夢】のことです。

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それなら、亡くなってしまった人が、かつて生きていた時の想いも、いま、どこかで誰かの上に降り注いでいるかもしれない。
私が、何かを、誰かを強く想った気持も、相手がもしかして、想ってくれたかもしれない気持も、今、どこかに剥がれ落ちた結晶になって、降り注いでいるのかもしれない。

いま、もし、私のある気持も、完全に消える事はなくて、いつか、どこかで、誰かが受け取って感じてくれるかもしれない。
もしかしたら、この何かを強く想う気持も、いつか誰かのこころに芽生え、それを、いま、私が感じているのかもしれない。

、、、想いは、完全に消えてなくなるものではないんだって思いながら、途中で、その作品たちの作られる材料のこととか、小林健二さんが、説明される度に聞きにいって、終わったら、また、座席に戻ってずっとずっと見続けていて…

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聴いた話を、おもいっきり、手帳にメモっていて、でも、受け止め間違いをしていたらどうしようかと思っていたんですけどw

音楽を作る機械の説明もして貰ったんですが、作られる音楽も、造形物も、映像も、本当にいろんなことを深く知っていないとできないようなものばかりだと思います。

はじめて、観た美術番組では、たぶん、学生の頃、それらを作る工具さえも、自作されていること、いろんな材料と方法を使い、何かを作っていかれるところは、さながら、錬金術でも見ているかのような気になります。


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人工鉱石がその原材料になったものから、水が辛いと説明してもらって、こっそり後から、舐めにいったり、お手洗い用に、健二さんがシダーウッドとか、ローズマリーアセテートとかハイニールとかアルコールとかをブレンドされたスプレーを、みんな、靴とか、服とかにかけてもらっているのに混ざってかけてもらったり、

「何故、その香りが心地よいと感じるかは、それが、分子量の高いものだから」と言うお話を聞いたり。

他にも、
「人の身体は、5万年変わっていない。感性も変わっていない」
「知恵によって、五感以外のものを失って来た」
「憂いている暇はなくて、自分の出来ることをする。」
「1日も長く生きていたいというのは、駄目で、言い訳はしない。」
「信じる事のできる力。」
「指針をもって、生きる。」
「生命の一部であることを知る必要があって、誰かに何かをさせてこそ、そこに何かがあるということ」。
「人生に花を咲かす。」
「誰かがいれば、誰かが死ななくてすむかもしれない。」


今迄、観て来て惹かれ続けて来た作品にそんなメッセージがずっと込められていたこと。

サイラジオ

美術番組を撮ったビデオで、サイラジオと言うものが、ずっと点滅するのを、ビデオを巻き戻しながら、ずっと何時間もテレビの前で観続けたこと。

福井美術館の「ひかりさえも眠る夜/(EXHIBITION から、2003 『ひかりさえも眠る夜』へどうぞ~)」で、実物のそれを観た時、そしてひかりさえも眠る夜の緩やかに発光する物体を観た時、そこに何時間も何時間もつったって、閉館の時間になるまで、ずっとその点滅を見続けた事。本当になぜ、こんなに惹かれ続けるのか、今迄、わからなかったです。

明滅するなかに何かが息づいているように見えて、それが不思議でわからなくて…。

好きな映画とか何回も見直したりしてて、でもそうでもないもの「あぁ、こうなるんだろうな」とか思って先が見えたりするともう、別に観なくてもいいやって思っちゃってて、見続ける事が苦痛になってきてしまって。

本当に最終日だったんですけど、ギリギリ迄いてて、帰りに、美術館の人に、タクシーを呼んでもらって、一緒に行った人と大阪まで帰れるのか心配しながら、なんとかギリギリ帰って来ました。

その時、小林健二さんのこれまでの作品をかなり展示されていて、そこの美術館の学芸員の方は、図録をいいものにしたいということで、今でも、取り組まれていて、折り折りに「もう一度練り直したく思います。もう少しお待ち下さい」という丁寧なお手紙を折々にいただきます。

自分が、そこに込められていたメッセージを受けとける事ができていたことを、すごく嬉しかったです。

ずっと、囚われて、見続けてしまうことの意味がわからなくて、私は、何かに惹かれるのには、何らかの意味や理由がきっとある筈だって、ずっと思っていて、それが、なんだか、3次会もその後も、通して、解って、長い間の想いがわかったような気がしました。



そのあと、エレベーターにぎゅうぎゅうになりながらも、14.5人で、二次会の会場に移動しました^^



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